新田宿とは?日光街道13番目の宿場!歴史・本陣跡・青木家の四脚門

新田宿とは?日光街道13番目の宿場!歴史・本陣跡・青木家の四脚門 宿場

新田宿(しんでんしゅく)は、江戸・日本橋から数えて13番目にあたる日光街道・奥州道中の宿場です。現在の栃木県小山市羽川にあり、旧街道の一部は国道4号と重なっています。

天保14年(1843)には家数59軒、人口244人を数え、本陣1軒、脇本陣1軒、旅籠11軒がありました。町並みは約400mで、小山市は新田宿を日光街道の中で最も小さな宿場としています。

現在は、本陣を務めたとされる青木家の四脚門などに宿場時代の名残を見ることができます。

新田宿の基本情報

新田宿は、下野国都賀郡に置かれた日光街道13番目の宿場です。天保14年(1843)の記録では、家数59軒、人口244人でした。

項目内容
宿名新田宿
読みしんでんしゅく
街道日光街道(日光道中)・奥州道中
宿番号13番
旧国下野国
現在地栃木県小山市羽川
家数59軒
人口244人
本陣1軒
脇本陣1軒
旅籠11軒
前の宿小山宿
次の宿小金井宿

新田宿は現在のどこにあった?

新田宿は、現在の栃木県小山市羽川にありました。

羽川地区を通る国道4号周辺が、かつての新田宿にあたります。小山市の資料によると、宿場の町並みは約400mでした。

現在も本陣を務めたとされる青木家の四脚門が残り、宿場時代の名残を伝えています。

新田宿の歴史

新田宿が宿駅として成立した正確な時期は、はっきりしていません。

小山市の資料によると、慶長期(1596~1615)から元和期(1615~1624)にかけて、奥州道の整備に伴い街道沿いに集落が形成されていったとされています。

江戸時代には、この地域は「大町新田」とも呼ばれていました。

『日光道中宿村大概帳』では、宿駅として扱う場合は「新田宿」、村として扱う場合は「大町新田」と記されています。宿場と村で名称が使い分けられていたことが分かります。

明治6年(1873)には大町村が羽川宿と改称され、現在は「羽川」の地名が残っています。

新田宿は日光街道で最も小さな宿場だった

天保14年(1843)の新田宿は、家数59軒、人口244人でした。本陣と脇本陣がそれぞれ1軒あり、旅籠は11軒でした。

小山市の資料では町並みの長さも約400mとされ、日光街道の中で最も小さな宿場だったと説明されています。

宿場として必要な人馬を確保するため、半田村と荒井村が加宿となり、新田宿の負担を補っていました。

新田宿は小規模な宿場でしたが、周辺の村とともに小山宿と小金井宿の間の交通を支えていました。

新田宿の本陣・脇本陣・問屋場

新田宿には本陣1軒、脇本陣1軒、問屋場1か所がありました。

本陣と脇本陣は、大名や幕府役人などが休泊するための施設です。問屋場では、人や荷物を次の宿場へ送るための人馬を手配していました。

『日光道中宿村大概帳』によると、新田宿が用意する人馬は25人・25疋と定められていました。不足する場合には、加宿となった半田村や荒井村も負担を担いました。

新田宿周辺からは山々を望むことができた

江戸時代の新田宿周辺には田畑が広がっていました。

小山市の資料によると、当時は日光山や赤城山などを望むことができたとされています。

現在とは景観が異なり、街道沿いから周囲の田畑や遠くの山々を見渡せる場所でした。

新田宿跡に残る史跡

現在の新田宿周辺には、本陣を務めたとされる青木家の四脚門などが残っています。

宿場跡とあわせて見ておきたい史跡を紹介します。

青木家の四脚門

新田宿の本陣は青木家が務めたとされ、現在も四脚門が残っています。

小山市の資料でも、新田宿当時の名残として紹介されています。現在の新田宿で、宿場時代を伝える代表的な史跡です。

橿原神社

新田宿跡の北側には橿原神社があります。

橿原神社は羽川地区の歴史的資産の一つです。小山市が制作した日光街道のガイドムービーでも、青木家の四脚門とともに街道沿いの見どころとして紹介されています。

新田宿へのアクセス

新田宿跡は、栃木県小山市羽川の国道4号沿いにあります。

鉄道駅からはやや離れており、JR宇都宮線の小金井駅西口から小山市コミュニティバス「おーバス」の羽川線を利用できます。

小金井駅西口から新田宿周辺の「橿原神社南」バス停までは、バスの運行距離で約2.2kmです。

運行時刻や運賃は変更されることがあるため、訪問前に小山市公式サイトで最新情報を確認してください。

前後の宿場

新田宿は日光街道の13番目の宿場です。江戸方面には小山宿、日光方面には小金井宿が続きます。

小山宿 ← 新田宿 → 小金井宿

『日本歴史地名大系』によると、新田宿から小山宿までは1里11町、小金井宿までは29町でした。

前の宿場:小山宿
次の宿場:小金井宿
日光街道21宿の一覧を見る

新田宿に関するよくある質問

新田宿の場所や規模、本陣について、よくある疑問をまとめます。

新田宿は現在のどこですか?

現在の栃木県小山市羽川です。

旧宿場は現在の国道4号周辺にあり、本陣を務めたとされる青木家の四脚門が残っています。

新田宿は日光街道の何番目の宿場ですか?

江戸・日本橋から数えて13番目の宿場です。

小山宿と小金井宿の間に置かれていました。

新田宿はどのくらいの規模でしたか?

天保14年(1843)の記録では、家数59軒、人口244人でした。

本陣1軒、脇本陣1軒、旅籠11軒があり、小山市は日光街道の中で最も小さな宿場だったとしています。

新田宿と大町新田は同じ場所ですか?

同じ地域を指す名称ですが、江戸時代の史料では使い分けられていました。

『日光道中宿村大概帳』では、宿駅として扱う場合は「新田宿」、村として扱う場合は「大町新田」と記されています。

新田宿の本陣跡には何が残っていますか?

本陣を務めたとされる青木家の四脚門が残っています。

小山市の資料でも、新田宿当時の名残として紹介されています。

参考資料・典拠

  • 小山市『小山市史 通史編II 近世』
  • 小山市「羽川地区まちづくり構想」
  • 小山市「広報おやま 2021年6月号」
  • 児玉幸多校訂『日光・奥州・甲州道中宿村大概帳』(近世交通史料集6、吉川弘文館、1972年)
  • 平凡社『日本歴史地名大系 栃木県の地名』
  • 『角川日本地名大辞典 9 栃木県』

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