宇都宮宿とは?日光街道の17番目の宿場!宇都宮城・奥州道中との追分を解説

宇都宮宿とは?日光街道の17番目の宿場!宇都宮城・奥州道中との追分を解説 宿場

宇都宮宿(うつのみやしゅく)は、江戸・日本橋から数えて日光街道の17番目にあたる宿場です。現在の栃木県宇都宮市中心部にあり、宇都宮城の城下町の中に宿場が置かれていました。

天保14年(1843)には家数1,219軒、人口6,457人を数え、本陣2軒、脇本陣1軒、旅籠42軒がありました。日光街道の宿場のなかでも規模が大きく、多くの人や物が行き交いました。

また、宇都宮は日光道中と奥州道中の追分でもあります。江戸から続いてきた道は宇都宮で分かれ、日光方面と東北方面へ延びていました。さらに水戸方面へ向かう道もあり、交通の要衝として発展しました。

宇都宮宿の基本情報

宇都宮宿の所在地や規模など、基本情報をまとめます。

項目内容
宿名宇都宮宿
読み方うつのみやしゅく
街道日光街道(日光道中)・奥州道中
宿番号17番
旧国下野国
現在地栃木県宇都宮市中心部
家数1,219軒
人口6,457人
本陣2軒
脇本陣1軒
旅籠42軒
前の宿雀宮宿
次の宿徳次郎宿(日光街道)・白沢宿(奥州道中)
最寄駅JR宇都宮駅・東武宇都宮駅

家数や人口、本陣、脇本陣、旅籠の数は、天保14年(1843)の『日光道中宿村大概帳』に基づいています。

宇都宮宿の場所

宇都宮宿は、現在の宇都宮市中心部にありました。

江戸方面から北上してきた日光道中は宇都宮城下へ入り、現在の中心市街地を通って伝馬町付近へ向かいました。伝馬町には問屋場を兼ねた本陣が置かれ、宿場の中心の一つとなっていました。

前の雀宮宿までは2里1町です。宇都宮から日光街道を進むと次は徳次郎宿で、距離は2里18町でした。一方、奥州道中は白沢宿へ向かい、宇都宮宿から白沢宿までは2里28町でした。

雀宮宿 ← 宇都宮宿 → 徳次郎宿(日光街道)
        └→ 白沢宿(奥州道中)

宇都宮宿は城下町の中に置かれた宿場

宇都宮は、宿場が整備される以前から二荒山神社の門前町として発展し、中世には宇都宮氏の本拠地となっていました。

江戸時代に入ると宇都宮藩の城下町となり、元和5年(1619)には宇都宮城主の本多正純が城下の整備を進めました。翌元和6年(1620)ごろには町割りが改められ、街道の道筋も整えられていきました。

一方、宇都宮では慶長7年(1602)の時点で公用の伝馬を負担する役割が課され、翌年には町方に伝馬役が命じられています。その後、伝馬町や小伝馬町などが人馬の継立を担いました。

このように宇都宮宿は、宿場だけを新たに整備した町ではありません。門前町や城下町として発展してきた都市に、宿場の機能が組み込まれていった点に特徴があります。

宇都宮宿には本陣2軒・脇本陣1軒があった

天保14年(1843)の宇都宮宿には、本陣2軒、脇本陣1軒、旅籠42軒がありました。

伝馬町には問屋場を兼ねた上野本陣があり、もう一つの本陣は池上町に置かれていました。伝馬町は日光道中と奥州道中の追分にも近く、宿場の中心の一つでした。

家数は1,219軒、人口は6,457人に達しています。ただし、この数字には城下町としての規模も反映されています。宇都宮は宿場だけで成り立つ町ではなく、武家地や商人町を含む城下町の中に宿駅機能を備えていました。

宇都宮宿は日光道中と奥州道中の追分だった

宇都宮宿の大きな特徴が、日光道中と奥州道中がここで分かれていたことです。

江戸から宇都宮宿までは両街道が同じ道を通りました。宇都宮の追分から、日光道中は北へ進んで徳次郎宿へ、奥州道中は東へ進んで白沢宿へ向かいます。

現在の道路では、北へ延びる清住町通りが日光道中、東へ向かう大通りが奥州道中にあたります。江戸時代には、この追分を多くの人馬が行き交いました。

さらに、宇都宮からは水戸方面へ向かう道も分かれていました。宇都宮は、江戸と日光、東北、周辺地域を結ぶ交通の結節点でした。

宇都宮宿には荷物貫目改所も置かれた

宇都宮宿には、街道を運ばれる荷物の重量を調べる「荷物貫目改所」が置かれていました。

馬に積む荷物には重量の決まりがあり、貫目改所では規定を超える荷物が積まれていないかを確認しました。

宇都宮市教育委員会の『宇都宮の古道』によると、貫目改所は新石町に置かれていました。日光道中で貫目改所が設けられていたのは、千住宿と宇都宮宿の2か所でした。

このことからも、宇都宮宿が宿泊地だけでなく、街道輸送を管理する拠点だったことが分かります。

徳川将軍の日光社参では宇都宮城が宿泊地になった

徳川将軍が日光東照宮を参詣する日光社参では、宇都宮が重要な宿泊地となりました。

将軍が宿泊したのは宿場の本陣ではなく、宇都宮城です。宇都宮市の『文化財保存活用地域計画』によると、宇都宮城には日光社参の際に将軍家が合計19回宿泊しました。

宇都宮城は、岩槻城、古河城に続く宿泊地でした。将軍一行に加え、東北地方の大名による参勤交代でも多くの人や物が宇都宮を通りました。

城下町と宿場が一体となって大規模な交通を支えていたことも、宇都宮宿の特徴です。

戊辰戦争で宇都宮の町は大きな被害を受けた

慶応4年(1868)、戊辰戦争では宇都宮城をめぐって新政府軍と旧幕府軍が戦いました。

この戦いによって宇都宮城だけでなく、城下の広い範囲が焼失し、町は大きな被害を受けました。

その後、宇都宮は近代都市として復興します。しかし、昭和20年(1945)の宇都宮空襲でも市街地の大半が焼失しました。このため、江戸時代の城下町や宿場の建物は現在ほとんど残っていません。

現在の宇都宮宿周辺に残る見どころ

現在の宇都宮中心部では、宿場時代の建物をそのまま見ることは難しくなっています。一方、日光道中と奥州道中の追分や二荒山神社、宇都宮城址公園などから、城下町と宿場が重なっていた宇都宮の歴史をたどることができます。

日光道中・奥州道中の追分

宇都宮宿を特徴づける場所の一つが、日光道中と奥州道中の追分です。

江戸方面から続いてきた街道はここで分岐し、日光道中は北へ、奥州道中は東へ向かいました。

現在も旧街道の道筋が残っており、宇都宮が江戸時代の交通の要衝だったことを知ることができます。

宇都宮二荒山神社

宇都宮二荒山神社は、宇都宮市中心部に鎮座する神社です。

宇都宮は中世以前から二荒山神社の門前町として発展しました。江戸時代に宇都宮城の城下町や宿場が整備された後も、二荒山神社は町の中心的な存在でした。

現在も宇都宮の中心部にあり、宿場だけではなく、宇都宮という町の成り立ちを知るうえで重要な場所です。

宇都宮城址公園

宇都宮城址公園は、江戸時代の宇都宮城本丸跡を整備した公園です。

宇都宮城は徳川将軍の日光社参の際の宿泊地となり、将軍家が合計19回宿泊しました。

現在の公園では、発掘調査や歴史資料をもとに清明台・富士見櫓、土塁、堀などが復元されています。

宇都宮宿へのアクセス

宇都宮宿跡は、現在の宇都宮市中心部に広がっています。

JR宇都宮駅と東武宇都宮駅のどちらからも訪れることができます。日光道中・奥州道中の追分や二荒山神社は中心市街地にあり、宇都宮城址公園も徒歩でたどることができます。

追分、二荒山神社、宇都宮城址公園をあわせて歩くと、宇都宮が門前町・城下町・宿場町として発展した過程をたどることができます。

宇都宮宿の前後の宿場

宇都宮宿は、日光街道の17番目の宿場です。江戸方面には雀宮宿があります。

宇都宮で日光道中と奥州道中が分かれるため、日光方面の次宿は徳次郎宿、奥州方面の次宿は白沢宿です。

雀宮宿 ← 宇都宮宿 → 徳次郎宿(日光街道)
        └→ 白沢宿(奥州道中)

前の宿場:雀宮宿
次の宿場:徳次郎宿
日光街道21宿の一覧を見る

宇都宮宿に関するよくある質問

宇都宮宿の場所や規模、宇都宮城、日光道中と奥州道中の追分について、よくある疑問をまとめます。

宇都宮宿は現在のどこにありましたか?

現在の栃木県宇都宮市中心部です。

宇都宮城の城下町の中に宿場機能が置かれ、伝馬町には問屋場を兼ねた本陣などが置かれていました。

宇都宮宿は日光街道の何番目の宿場ですか?

江戸・日本橋から数えて17番目の宿場です。

前の宿場は雀宮宿で、日光街道の次の宿場は徳次郎宿です。

宇都宮宿はどのくらいの規模でしたか?

天保14年(1843)には、家数1,219軒、人口6,457人でした。

本陣2軒、脇本陣1軒、旅籠42軒がありました。

なぜ宇都宮宿は重要だったのですか?

宇都宮城の城下町であると同時に、日光道中と奥州道中の追分だったためです。

東北諸大名の参勤交代や徳川将軍の日光社参で多くの人が往来し、荷物貫目改所も置かれていました。

日光街道と奥州街道はどこで分かれましたか?

宇都宮宿の伝馬町付近で分かれました。

現在の道路では、北へ向かう清住町通りが日光道中、東へ向かう大通りが奥州道中にあたります。

徳川将軍は宇都宮宿の本陣に泊まったのですか?

日光社参の際、徳川将軍が宿泊したのは宇都宮城です。

宇都宮城には、日光社参で将軍家が合計19回宿泊したとされています。

宇都宮宿では現在何を見学できますか?

日光道中・奥州道中の追分、宇都宮二荒山神社、宇都宮城址公園などをたどることができます。

宿場時代の建物はほとんど残っていませんが、街道の道筋や城下町の史跡から宇都宮宿の歴史を知ることができます。

参考資料・典拠

本記事の執筆では、以下の資料を参照しました。

  • 宇都宮市『宇都宮市文化財保存活用地域計画』
  • 宇都宮市教育委員会『宇都宮の古道』
  • 宇都宮市「宇都宮の歩み(宇都宮市の歴史)」
  • 宇都宮観光コンベンション協会「宇都宮市内の日光街道をウォーキング! 宇都宮宿~徳次郎宿日帰りコース」
  • 宇都宮観光コンベンション協会「宇都宮市内の奥州街道をウォーキング! 宇都宮宿~白澤宿日帰りコース」
  • 『日光道中宿村大概帳』
  • 児玉幸多校訂『近世交通史料集 6 日光・奥州・甲州道中宿村大概帳』
  • 平凡社『日本歴史地名大系 栃木県の地名』
  • 『宇都宮市史』

コメント

タイトルとURLをコピーしました